1. 京の花街~京都を代表する5つの花街の魅力に触れてみましょう〜

京の花街~京都を代表する5つの花街の魅力に触れてみましょう〜

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s-fleage編集部

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株式会社S-fleage編集部 私達s-fleage(エスフレイジ)は、京都でインバウンド事業および広告代理店事業を行なっております。代表の永井がマーケティング事業を通じて、京都をはじめとする日本各地での訪日観光客の集客を支援していきたいという思いで創業いたしました。こちらの観光情報では、編集部よりおすすめのスポットやお店を紹介して参ります。是非参考にしてください。

こんにちは。永井です。今日は、京都の「花街(かがい)」について紹介したいと思います。

 

花街とは、簡単にいえば、舞妓さん・芸妓さんが芸や客との歓談を行う「お茶屋」が集合している街のことを指します。

そしてここ京都には花街と呼ばれる5つの街があります。祇園甲部、祇園東、先斗町、上七軒、宮川町の5つの花街を称して「五花街」と呼ばれています。

今回の記事では、各花街の特徴を紹介しながら、花街の生まれた歴史などを紹介したいと思います。読者の皆さんが、花街そして舞妓・芸妓文化についての理解を深める一助になれば幸いです。

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祇園甲部

祇園甲部(ぎおんこうぶ)

祇園甲部は、京都で最大の花街です。

江戸時代初期に「祇園さん」の名で知られる八坂神社の門前で水茶屋を営業したのが花街の始まりといわれています。現在も八坂神社の門前町として栄えています。

特徴としては、その知名度が圧倒的に高いことでしょう。そもそも祇園という地名はこの地域を発祥として江戸時代に生まれました。現在も「祇園」という地名は、特にこの「祇園甲部」のことを指すことが多いです。

祇園甲部のメインストリート、「花見小路」は、多くの観光客で賑わいます。お茶屋さんの数、規模に関しても、他を圧倒するところがあり、ぜひ行っておきたいところです。

舞踊は井上流一筋で、春には40年以上の歴史を誇る「都をどり」、秋には「温習会」の公演が行われ、多くの観光客に愛されています。

 

 

※アクセス

 

・京都市バス

京都駅中央口市バス206号系統にて「祇園」下車

 

・タクシー

京都駅中央口または新幹線八条口タクシーのりばより乗車。 所要時間約20分。

 

・私鉄

京阪祇園四条駅・阪急河原町駅下車徒歩約10分。

阪急河原町駅より徒歩約10分

 

・車の場合

名神高速道路京都東インター・南インターより約30分(約8km)。

 

祇園東

祇園東(ぎおんひがし)

祇園東は、江戸期の八坂神社や清水寺への参拝客を相手とした「茶屋」とそこで働く「茶点て女」が起源となっています。

1881年(明治14年)に花街・祇園町が分離され、四条通り以北、花見小路以東が東新地から祇園東に改称されました。かつて膳所藩屋敷があったことにちなんで、祇園東は膳所裏(ぜぜうら)とも呼ばれるようになりました。

歌舞練場である祇園会館で開演の錦秋の京都を彩る「祇園をどり」(11月1日~11月10日・藤間流)は、京都花街で唯一秋に開催される舞台として、地元のみならず観光客からも愛されています。

起源は1952年(昭和27年)、「祇園乙部」という名称から「祇園東新地」という名称に変更した際に芸舞妓が上演しました。

他の花街の“をどり”にはないオリジナルな企画と構成で観客を魅了します。

祇園東は、私からすると知る人ぞ知るディープな穴場という感じを受けます。祇園甲部も有名ですが、少し喧騒から離れて、ゆるりと花街を楽しみたいという方にオススメです。

 

 

※アクセス

 

・私鉄

 京阪電鉄本線 祇園四条駅下車

 阪急電鉄京都線 河原町駅下車

 

・バス

 京都駅から17系統(C3乗り場)

 四条河原町・四条烏丸・四条堀川・四条大宮からは46系統、201系統、203系統、207系統

 河原町丸太町・烏丸丸太町・堀川丸太町からは202系統

 

先斗町

 

先斗町(ぽんとちょう)

鴨川と木屋町の間、三条から四条に至る通りの花街。

もとは鴨川の洲。1670年(寛文10年)に鴨川と高瀬川の護岸工事によって埋め立てられ、町並みが出来上がったといわれています。

名前の由来は、ポルトガル語のponta(先)、ponte(橋)、ponto(点)や、鴨川と高瀬川の川(皮)にはさまれた鼓にたとえられて、ポンと音がするのをもじったなどの様々な説が伝わっています。

水茶屋ができたのは、1712年(正徳2年)頃。高瀬舟の船頭や旅客目当ての旅籠屋が、茶立ての女子を置いたのが起源と言われています。

先斗町歌舞練場では、春に「鴨川をどり」秋に「水明会」の公演が有名です。踊りは尾上流です。

特に京都の春の風物詩となった豪華絢爛な「鴨川をどり」は1872年(明治5年)と歴史が古く、東京遷都後の京都の繁栄を願って開かれた「第1回京都博覧会」の観光客誘致というバックボーンを持ち、五花街で開催される“をどり”公演の中でも最も多くの上演回数を誇っています。

また先斗町歌舞会の代表的な行事のひとつ「水明会」の初回は昭和5年3月15日。それ以前伎芸研究会として催されていた「長唄千代栄会」と「土曜会」の両会が併合したもので、鴨川の清流にちなんで「水明会」と命名されました。

当時は芸達者な芸妓のみで構成され、1941年(昭和16年)10月の第36回公演までは毎年3月、6月、10月の年3回の定期公演が続けられ、戦争中に中断されましたが、1949年(昭和24年)9月に復活。1953年までは毎年3月、9月の年2回公演が開催されましたが、その後は年1回昼夜2部制となり、平成11年より「秋の鴨川をどり」が廃止となると、それまで3月に行われていたものを10月に開催されるようになったのです。

先斗町は、他の花街とはやや違い、お茶屋と料亭・レストランが混在しているという特徴があります。また、鴨川沿いの川床に併設されたお茶屋さんもありますので、京料理を楽しんだ後に、お座敷遊びをするというのが一番の楽しみ方だと個人的には思います。

 

※アクセス

 

・地下鉄東西線

京阪三条駅下車徒歩5分京都市役所前駅下車徒歩10分

 

・京阪電車

三条駅下車徒歩5分祗園四条駅下車徒歩3分

 

・阪急電車

河原町駅下車徒歩5分

 

上七軒

上七軒(かみしちけん)

北野天満宮の東、千本釈迦堂の西にある上七軒は、江戸時代以降、祇園と並ぶ花街として繁栄を極め、西陣織の最盛期には、多くの茶屋が軒を連ねたと言います。

上七軒の最も大きな特徴はその歴史の長さです。
それは、室町時代に遡り、
北野天満宮の造営に使った残木で、7軒の水茶屋を作り、その七軒茶屋に豊臣秀吉が茶屋株を公許したのがお茶屋の起源とも伝えられています。また豊臣秀吉は北野で大茶会を開催した時に、茶屋名物のみたらし団子の味を大変気に入ったため、商いの特権を与えたそうです。

西陣織の衰退とともに茶屋の数は減りましたが、現在でも当時からの伝統が受け継がれている華やいだ街です。

 舞踊は花柳流で、春に「北野をどり」秋に「寿会」の公演で賑わいを見せます。

北野をどりは 上七軒歌舞練場で開催される舞踊公演で、上立売浄福寺の岩上座で行った温習会が、1902年(明治35)北野クラブで行われ、1952年(昭和27)北野天満宮1050年記念万灯会に協賛して上七軒を代表する“をどり”になりました。特徴は、少数精鋭で、渋みがにじみ出る舞踏です。

2月の「梅花祭」は、梅の咲き誇る北野天満宮の境内で行われる華やかな野点茶会。

また10月の「ずいき祭り」は五穀豊穣を感謝する祭りで、野菜で作られるずいき御輿が有名です。

上七軒は、北野天満宮の東という位置からもわかるように、四条河原町・祇園と行った京都の中心街からはやや離れたところにあります。それに加え歴史が深いため、純粋な「京ことば」を一番よく話すのは、上七軒の舞妓さんだと聞いたこともあります。こちらも行きたい花街の一つです。

  

※アクセス

 

・電車

京福電車北野線「北野白梅町」下車

 

・市バス

京都市バス50系統 「上七軒」すぐ

 

宮川町

 

宮川町(みやがわちょう)

鴨川の東側、四条通の南側から五条通までがエリア。
昭和33年3月15日の売春防止法施行までは遊廓でした。そのため今でも遊廓時代の建物が残る京都でも屈指の美観のお茶屋街。
個人的に、街並みの美しさは、花街の中で群を抜いていると思います。
しっとりとした街並みが京都・花街ならではの情緒を醸し出しています。
かつて、街の夜になると、それほど祇園祭の神輿洗いが行われていたことから「宮川」と名付けられました。

江戸時代に出雲阿国の歌舞伎公演が行われ、それに伴って数々の芝居小屋が建ち並びました。出演する役者や観客のための宿が増えていったことが、宮川町の礎となったといわれています。

昭和25年(1950)から続く春の「京をどり」は、若柳流の振り付けで、毎年4月上旬から下旬にかけて宮川町歌舞練場で行われます。
京都の名所、名跡、春の京都の魅力を舞台上で表現するため、「都をどり」に負けないほどの観客動員数を誇っています。
聞くところによると宮川町は花街の中で最も多い舞妓さんを抱えており、その数は30名ほどになるらしいです。私も「京をどり」は観覧したことはありますが、数多くの舞妓さんによる踊りは、やはり圧巻でした。
秋には「みずゑ会」の公演が宮川町歌舞練場で行われます。

宮川町の楽しみ方の一つとして、夜に散策してみてもいいでしょう。宮川町はいわゆる歓楽街・ネオン街からは離れた位置にあるため、夜は静かです。ある意味観光名所らしくない京都本来の花街の姿を楽しむことができるでしょう。運が良ければ、宴会帰りの舞妓さんを目にすることができます。また春の夜になると町の通りのあちらこちらで京おどりを知らせるぼんぼりが立ち並ぶため情緒ある景観となります。

 

※アクセス

 

京都駅から宮川町は4系統、17系統、205系統、四条河原町からも4系統、17系統、205系統。

河原町松原 下車徒歩7分

 

京阪電鉄祇園四条駅 下車徒歩3分

阪急電鉄河原町駅 下車徒歩7分

 

花街(花柳界)の概要と歴史

ここで、そもそも花街とは何なのか、歴史について振り返ってみましょう。
また
舞妓さんや芸妓さんの事務所である置屋や、仕事を提供してくれるお茶屋さん(料亭)を含めた界隈を「花街」と称しますが、そもそも花街とは何をするところでしょう。

 

そもそも花街とはどんなところでしょう。

花街とは、簡単にいえば、舞妓さん・芸妓さんが芸や客との歓談を行う「お茶屋」が集合している街のことを指します。

舞妓さんは、基本的に置屋と呼ばれる場所で生活をし、客から置屋を通してお呼びがかかると、お茶屋に向かい、そこで、舞・踊りなどの芸やお座敷遊び・歓談を客と行います。

このような文化が広がる界隈の呼称として「花街(かがい)」があります。

「はなまち」と呼ぶ人もいますが、正しくは「かがい」です。

 

江戸時代の花街の主役は「花魁(遊女)」でした。
歌舞伎や時代劇に登場する遊郭で、艶やかな姿で男性を迎える花魁(遊女)は、色を売る女、つまり性的なサービスで生計を立てていた女性のことです。

遊郭には、花魁(遊女)を中心に、芸者や男芸者(幇間=ほうかん)などさまざまな職種の人間が出入りしていました。そのうち芸者は、三味線や唄、踊り、話芸などの芸事で客をもてなすプロフェッショナルだったのです。

客が指名した花魁が到着するまでの間の場つなぎとして、芸者や幇間が呼ばれ、芸者は芸を披露して客を楽しませていました。そして到着した花魁と客が妓楼へと去った後はそれぞれ置屋に引き上げるという流れが当時としては一般的だったのです。

花魁(遊女)も芸者も共に接客業ですが、芸者は芸で身を立てるという自負が強く、そのため「芸は売っても身は売らぬ」というプライドが芸者を支え、やがて“芸者粋”という文化が、明治以降の近代に確立していったのです。

花街では、お茶屋(料亭)、待ち屋(置屋)、そして芸者という関係が出来上がり、厳格なしきたりやシステムが確立すると、芸者は芸道の追求に徹し、総合的なお座敷芸のスペシャリストとして一本立ちします。
さらに次世代を育成しながら伝統を守っていく役目を担うと、「芸者は誇りのある最高の職業」というプライドを持つようになり、さらに平成になると勲章までもらう芸者も現われたのです。

 

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京都・五花街の伝統

 

京の五花街は、各花街の公演や五花街合同公演が毎年開催されていますが、これは芸妓や舞妓の晴れ舞台といってよいでしょう。

京都花街の伝統伎芸を受け継いでいくため、厳しい稽古を積み重ねていきます。座敷の客からの励ましを糧にするさまは「舞妓はレディ」などの映画にも描かれていますね。

 舞妓や芸妓の晴れ舞台である舞踊公演の歴史は、1872年(明治5年)の京都博覧会での「都をどり」(祇園甲部)と「鴨川をどり」(先斗町)が発端です。

さらに1950年(昭和25年)初演の「京おどり」(宮川町)、1952年初演の「北野をどり」(上七軒),同年初演の「祇園をどり」(祇園東)など各花街で開催され、それぞれの花街ならではの個性が光っています。

1994年(平成6年)に行われた五花街合同公演は、平安建都1200年を祝う華やかな模様氏で、京都の初夏の風物詩とも称されたのです。

 

このように舞妓や芸妓のあでやかで優雅な世界は、京都の伝統産業の育成にも貢献していきます。髪結い師や着付師のほか着物や帯、かんざしなどを作る伝統工芸職人のわざが磨かれ、京都発祥のものづくりは、やがて日本文化の活性化にも大きな影響を及ぼしていったのです。

現在は公益財団法人京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)を中心に、五花街が互いに競い合いながらも、五花街全体がおもてなし文化の向上に努めているのです。

 

最後に

花街を彩る舞妓や芸妓や、京都の代表する魅力的な花街についてお伝えしました。

京都観光の目安として、またさらに京都に対する興味につながるのであれば幸いです。

 

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今回は京都の花街について紹介しました。

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私達s-fleage(エスフレイジ)は、京都でインバウンド事業および広告代理店事業を行なっております。代表の永井がマーケティング事業を通じて、京都をはじめとする日本各地での訪日観光客の集客を支援していきたいという思いで創業いたしました。こちらの観光情報では、編集部よりおすすめのスポットやお店を紹介して参ります。是非参考にしてください。